SPIDAR(SPace Interface Device for Artificial Reality)は、東京工業大学(現・東京科学大学)の佐藤誠教授らによって1980年代末に研究開発が始められた、ワイヤ駆動型の力覚提示デバイスです。
1989年の最初期システム以来、30年以上にわたり、VR・ハプティクス・ヒューマンインタフェースの発展とともに進化を続けてきました。
1989|SPIDARの誕生
SPIDARの研究開発は1980年代末に始まりました。コンピュータグラフィックスによって3次元空間を表示する技術が発展する一方で、画面の中の物体を実際に「触ったように感じる」ためのインタフェースは、まだ研究の黎明期にありました。
そこで考案されたのが、モータと操作部を軽量なワイヤで接続し、ワイヤの長さから位置を計測するとともに、ワイヤに張力を与えることで力を提示するSPIDARです。1991年には「空間インタフェース装置SPIDARの提案」が発表され、SPIDARの基本原理が体系化されました。
「ワイヤで位置を測り、同じワイヤで力を返す」という基本思想は、その後のSPIDARシリーズにも受け継がれています。
1990年代|人と人、そして広い空間へ
1990年代には、SPIDARの可能性をさまざまな方向へ拡張する研究が進められました。ネットワークを介して離れた場所にいる人同士が、同じ仮想空間の物体を操作し、力覚を共有する研究や、左右の手を使って仮想物体を扱う両手操作型SPIDARなどが開発されました。
さらに、ワイヤ駆動方式の大きな特徴である「スケーラビリティ」を生かし、デスクトップを越えた大型のSPIDARも研究されました。モータの配置やフレームの大きさを変えることで操作空間そのものを拡張できることは、現在まで続くSPIDARの重要な特徴の一つです。
2000年代|6自由度力覚提示へ ― SPIDAR-G
SPIDARの大きな技術的進展の一つが、位置だけでなく「姿勢」まで扱える6自由度への拡張です。2000年に発表されたSPIDAR-Gでは、グリップ型の操作部を8本のワイヤで支持する構造により、3次元空間での位置(X・Y・Z)に加えて、Roll・Pitch・Yawの姿勢を計測できるようになりました。
同時に、並進方向の力だけでなく回転方向のトルクも提示できるようになり、「押す」「引く」だけではなく、「傾ける」「ひねる」といった操作にも力覚を伴わせることが可能となりました。医療シミュレーション、設計、製造、教育など、より高度なVRアプリケーションへの応用が広がり、SPIDAR-Gの基本技術はその後の実用的なSPIDARシリーズの基盤となっています。
2010年代|小型化、多指化、ウェアラブル化
2010年代には、SPIDARの研究はさらに多様な方向へ展開しました。低コストで力覚を体験できるSPIDAR-mouse、機構をグリップ内部に収めた小型のSPIDAR-I、タブレット端末と組み合わせたSPIDAR-Tablet、スマートフォンとの連携を目指したSPIDAR-Sなど、従来の大型フレームとは異なるさまざまな形態が研究されました。
また、2014年には両手10本の指それぞれに力覚を提示するSPIDAR-10が開発され、多指による複雑な仮想物体操作への可能性が示されました。さらに、軽量なワイヤ駆動機構を身体に装着するという発想から、ウェアラブル型のSPIDAR-Wも誕生しました。
2020年代|XR、遠隔操作、ロボティクスへ
VR・AR・MRなどのXR技術が急速に発展する中で、視覚や聴覚だけではなく、身体を通じて仮想世界や遠隔空間を感じるためのハプティクスの重要性は、ますます高まっています。SPIDARについても、力覚だけでなく、接触感、摩擦感、温度感覚などを組み合わせた多感覚提示や、HMDと組み合わせた新しいインタラクションの研究が進められてきました。
そして現在、SPIDARの技術はVRだけにとどまりません。遠隔操作、ロボティクス、医療・手術訓練、技能教育など、「人の動作」と「機械・デジタル空間」を双方向につなぐインタフェースとして、新しい応用領域へ展開しています。
Today|30年以上受け継がれるSPIDARの設計思想
SPIDARには、誕生当初から変わらない基本的な設計思想があります。それは、軽量なワイヤを介して人とコンピュータをつなぐことで、機械そのものの存在をできるだけ感じさせず、必要な力だけを人に伝えることです。
ワイヤ駆動方式は、操作部の慣性を小さくできること、機構が視界や動作を妨げにくいこと、モータ配置によって作業空間を自由に設計できること、そしてデスクトップからヒューマンスケールまで拡張できることを特徴としています。
1989年に始まったSPIDARの研究は、30年以上にわたり多くの研究者と技術者によって発展してきました。ArachnoForceは、その技術と思想を継承しながら、SPIDARを研究のための力覚提示装置から、産業、医療、教育、ロボティクスなど幅広い分野で利用できるハプティックインタフェースへと発展させていきます。
人とデジタル世界、人とロボットの間に「力」を伝える。
SPIDARは、これからも新しいヒューマンインタフェースの可能性を拓いていきます。
詳細資料・参考文献
本ページは「SPIDAR開発史」をWeb向けに再構成した概要版です。各モデルの詳細、技術的変遷および引用文献については、以下の資料をご覧ください。
SPIDAR開発史 詳細資料(PDF)